第4章・ことじの結婚―土屋家の人々―

土屋家でのことじの奮闘振りをご紹介する前に、少しだけ彼女を取り巻く土屋家の人々につ

いてお話をしてみたい・・・。

ことじの舅・松次郎(孝の父)は職人名を【松華】と言い、水晶印鑑の篆刻で腕を磨き、後に

東海道一円に篆刻の技術を教え広めた《篆刻家》として名を知られた人であった。

そのまた松次郎の父(孝の祖父)・宗八は、水晶レンズを精密に研磨することに成功し、その

頃《眼鏡はギヤマン》が主流であった一般大衆に《水晶眼鏡》の一大ブームをもたらした職人

で、この宗八は大変な面食い―美女好み―であったと言われている。

当然宗八が嫁に選んだのは、当時《甲府一》との呼び声高い大変な美人。甲府・柳町で人々

に《金看板》と呼ばれた本陣宿(大名が休宿する宿)の愛娘であった。話は逸れるが、江戸時

代にはこの《金看板》、町衆がその前を通る時は頭を垂れて、また馬に跨るお役人衆も必ずそ

こでは下馬、一礼をもって通過すると言うお宿であったそうだ。

その《金看板》からもらった超美人の嫁・登免が生んだ松次郎が、いい男でない筈は無い。

ことじの夫・孝も鼻筋のスッと通った色男だが、その父・松次郎はそれにも増して細面で色

白、女形の歌舞伎役者を彷彿させる美男子であった。

おまけにとても弁が立つ。何か揉め事があっても、『土屋の旦那を呼んで来い!』と言って小

僧を呼びに遣わせる。『土屋の旦那、これこれ云々なもんさぁ。』『いやいや旦那、それは云々

って言うこんさぁー。』・・・・松次郎は黙って皆の言分を一通り聞く。『ほうかほうか。どっちも一

理ある。ホンだけんど、ワシはこう思うけんどねぇー。』と松次郎が意見を言うと、『ほっほぉー!!

土屋の旦那がほう言うじゃぁー、成程ほうズラよ。』と皆の話は纏まって、先刻までの揉め事

はチャンチャンチャン。さっきまで右に傾いていた話を左に傾かせてしまうなんて言うのは、松

次郎にかかったら朝飯前のことであった。

この弁達者が功を奏してか、ハタマタ生まれつきの人懐こさがモノを言ってか、勿論一番には

彼の類い稀な腕前が見込まれてであろうが、篆刻家としての松次郎は、時の明治政府の要

人・大隈重信や伊藤博文に大層可愛がられた。時には私邸、ある時には別邸に招かれ、各

氏の印鑑製作を一手に任されていたのである。そしてこの色男、篆刻家として浜松にある伊

藤の別邸に通う内、そこで女中として仕えていた女性といい仲になってしまったのだ。1909年

(明治42年)満州にてロシアとの満州・韓国問題について話し合う非公式会談を予定していた

伊藤博文はハルピン駅頭で暗殺されてしまうが、松次郎はその後も妻子を甲府に残したまま

遂には浜松の地に住み着いて、悠々自適な隠居生活を決め込んでしまったのである。

後に残されたのは、松次郎の妻・リセ。リセ(孝の母)は大菩薩峠入り口にある神金(旧・山梨

県塩山市、現在の甲州市上荻原)の旧家・矢崎家から松次郎の元に嫁いだ所謂お嬢様。御

苦労なしに育ったお嬢様らしく、気持ちはとても大らかで寛容、加えて大変頭の良い女性であ

った。御大の留守中にもしっかりと土屋の奥を守り、たまに甲府に帰ってくる夫(相も変わらず

何か揉め事がある度に、誰かが浜松まで松次郎を呼びに行ったらしい)が妾の待つ家に戻る

折にも、『お世話になっておいで』とばかり新調した着物や更の下着を持たせては、再び放蕩

主人を浜松の女の元に気前良く送り出す。不思議なことに後年松次郎が他界した後もリセ

は、『女一人の浜松は寂しいだろうに』と度々このお妾さんを甲府に呼び、昔話に華を咲か

せると言う松次郎をめぐった二人の女の奇妙な交流が自然に取りもたれていたそうだ。時代

が《そういう時代だった》のかもしれない。いかにも大らかな時代ではあるが、それにしてもリセ

の物分りの良さと肝っ玉の据わりようには敬意を表する。そして、ことじが土屋家に嫁いで来

た時、いち早く彼女の商才を見抜いたのも、この姑・リセであった。

当時、土屋の工房兼店舗があった魚町(甲府市・中央)は、その名の通り江戸時代から魚

屋があった町で、金物屋や古着屋などが軒を連ねる賑やかな商店街であった。養蚕農家に生

まれ、農商務省管轄下の半官人として仕事をしていたことじにとって、毎日日銭が飛び交う商

売家での生活は見るもの・聞くもの全てが珍しく、楽しくて仕方が無かった。孝と一緒になり、

一男一女の可愛い子供も授かったが、目の前で札束が飛び交う姿を目の当たりにしたんじゃ

ぁ、じっとしてはいられない。女中達に子供を任せ、丁稚や番頭に混じって店頭に立つことじの

姿が見うけられるようになったのも、そう遅くはなかった。彼女の商才は見る見るうちに頭角

を現し、土屋の商いはことじが嫁いで来る以前にも増して繁盛を極めていったのである。

『ことじ、おまんには商才がある。奥のことは全て私が取り仕切る。安心しておまんは商売に

励みなさい。』肝っ玉の据わった姑・リセの言葉に後押しされて、商売人・ことじの才能が開花

していった・・・・。

《ことじの結婚―土屋家の人々―》いかがでしたか?ことじもスゴイけれど、リセもすごい!

さて、次回はいよいよ商売人・ことじのお話に入っていきます。まだまだ面白いお話が一杯

ありますので、楽しみにしていてくださいね。                      アオちゃん

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初代宗助の頃の大福帳

土屋の家業は宗助(初代)→宗八→(2代目)→松華(3代目)→華章(4代目)→亀之助(5代目)→穣(6代目)と受継がれていく。